偽りの先生、幾千の涙


頭をフル回転させて言い訳を考えるが、こんなザワザワした教室では集中出来ない。


思春期の女子校の生徒ばかりなんだから、若くてスラリとした男前に関心があるのは仕方ない事だ。


でも前からも、横からも、後ろからも感じる熱気には流石に参ってしまう。


伊藤って人がクラスを見渡している。


残念な事に目が合ってしまった。


気まずくなって目を反らすと、伊藤の元気な声が聞こえてきた。


「皆さん、おはようございます。
そして初めまして。
今日から皆さんの担任になる伊藤貴久です。
本当は中村先生がここのクラスの担任になる予定でした。
ただ、中村先生がこの前交通事故に遭われてしまい、急遽僕が担任になりました。
この学校も初めてで、皆さんからしたら頼りないかもしれないけど、全力で皆さんの高校生活をサポートするつもりです。
宜しくお願いします。」


爽やかな笑顔と共に頭を下げると、誰もが拍手をした。


私もつられて拍手をする。


伊藤先生も1週間前に会った時と大分キャラが違うが、これもこれで偽者っぽい。


「拍手ありがとう。
想像していたよりも温かいクラスで安心したよ。」


それから伊藤先生は、貼り付けたような笑顔で出席を取る。


普段よりもワントーン高い女子の声ばかり聞こえてくる。


でも私はいつもと変わらない声で返事をする。


先生にも生徒にも誰にでも平等、博愛を形にしたのが榎本果穂だから。



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