偽りの先生、幾千の涙
「…夏だ。」
「え?」
「榎本悟朗がいつまで日本にいるか分からん。
だがな…復讐なんてダラダラやるものじゃない。
この夏で型をつける。」
電話越しに聞こえてくる一音一音は、ピンと張りつめた糸のようだった。
少しでも刃物が当たれば切れてしまいそうな危ういものだ。
俺は恐怖で背筋を強張らせた。
父さんにしてはあまりにも無計画で、突拍子もない提案だ。
用意周到に築き上げたのに、何があったのだろう?
「父さん、そんなすぐに行動するって言ったって…」
「準備ならもうほぼ出来ている。
出来るだけ世間に波風を立てない復讐をしようと思って、お前にも協力してもらって情報を集めていたが…多少強引でも構わん。
具体的な事は後日話す。」
「具体的って、何をする気なんだ?」
「今は言えない。
お前は"伊藤貴久"としての仕事を全うしろ。
盗聴も忘れずにな。」
父さんは一方的に電話を切った。
プープーと知らせる機械音が妙に虚しい。
俺はスマホを置いて、イヤホンも耳から外した。
盗聴器を録音モードにして、フローリングの床に放置する。
俺はベッドの上で天井を仰いだ。