偽りの先生、幾千の涙
そんな事を考え、歩いていたら、女子達の悲鳴に近い声が聞こえてくる。
顔を上げると、廊下の真ん中を一人の女子高生が歩いている。
榎本果穂だ。
周りから見ているだけの女子や群がって挨拶してくる者とは雰囲気が違う。
凛として気高く…まさに水仙女子の女王様だ。
「果穂様、今日は補講とかありますか?
ご迷惑でなければ、また英語を教えていただきたいのですが…あ!伊藤先生、おはようございます!」
榎本果穂と話す時と同じテンションで、次々と女子生徒達が挨拶してくる。
「皆、おはよう。」
爽やかさを意識して挨拶すれば、彼女達は媚びるような視線を向けてくる。
ただ一人を除いて。
「おはようございます、伊藤先生。」
決して媚びず、でも遠ざけず、榎本果穂は適切な距離で俺に微笑みかける。
いつもと同じ感じだが、僅かに違う事に俺は気付いた。
口角がほんの少しだけ、いつもより上がっている。
そこに表れているのは、自信とメールの催促。
「おはよう。
榎本さん、悪いけど後で職員室来てくれない?
日誌取りに来るついででいいから。」
「分かりました。
鞄を置いたら、すぐに参ります。」