偽りの先生、幾千の涙
ドアノブが傾くと、伊藤はすぐに顔を出した。
私は自然に口角を上げる。
「こんばんは、先生。
プライベート時間なのに、申し訳ございません。」
「いや、それはいいんだ。
上がって、そんな綺麗な部屋ではないけど。」
「失礼します。」
開いたドアに吸い込まれるように、部屋に入っていく。
伊藤の部屋は以前とあまり変わりない。
余計なものがないシンプルな家で、引っ越しての片付けも終わったのか段ボールもない。
「ごめんね、何もなくて。
お茶を入れているところだから、リビングで待ってて。」
「ありがとうございます。」
幅が広い廊下を通って、促されるままリビングへ。
一人暮らしをするには贅沢過ぎリビングで、私は大人しく座っていた。
本当はお手伝いすべきだけど、台所なんて凶器だらけだから行きたくなかった。
「お待たせ。
紅茶で良かったかな?」
「はい。
お気遣い、ありがとうございます。
あの、お口に合うか分かりませんが。」
伊藤が座る前に、紙袋を差し出す。
毒も薬も入っていない普通の焼き菓子だ。