偽りの先生、幾千の涙
「どうして?
お父様は気付いていないんじゃないの?」
「…多分、気付いていないでしょう。
今朝もこっそり見てみたら、まだありましたもの。
でも私は父に言うつもりはありません。」
キッパリと言うと、伊藤が私を宥めるように紅茶を差し出す。
「榎本さん、少し落ち着いて。
事情が分からないけど、俺で良ければ最後まで話を聞くから。」
「一晩かかってもいいですか?」
「いいよ。
なんなら明日の放課後も来ていいから。
だからゆっくりでいいから俺に話して。」
伊藤は気付いているだろうか。
紅茶に映る自分の顔が笑っている事を、そして赤い紅茶のせいで、しかも伊藤の顔が綺麗なせいで、酷く不気味である事を。
思わず私は恐怖に負けて、肩をビクッと震わせてしまった。
「怖いよね。
でも大丈夫だよ。
この家には盗聴器なんてないから。」
伊藤の手が伸びて、私の頬に触れる。
私は顔を上げざるをえなかった。
伊藤は笑っていた。
唇は半円を描き、頬が不自然に上がっている。
自然でないのは、目が笑っていないから。
「安心して、もっと聞かせて。」
暗示を掛けるように、恐ろしい程優しく、甘ったるく、手懐けるように、伊藤は私に語り掛ける。
意に反して、私は体を強張れてしまう。
「私は…」