偽りの先生、幾千の涙
声が上手く出せない。
言う事は分かってるし、喉の真ん中で来ている。
でも目の前にある伊藤の瞳を見ていると、何も言えなくなる。
怪しくて、真っ黒で、濁っていて、汚くて、そんな要素が集まって、魅惑的で美しくなっている。
ずっと見ていたいと思ってしまう程だ。
このまま伊藤の思うがままに従ったら、楽になるかもしれないとさえ思えてくる。
でも、思うつぼになってたまるかという反抗心も何処かにあって、それが私の正気を支えている。
「お父様には言えないのに、どうして俺に話したの?
もしかして、俺に会いに来た?」
色っぽくて甘ったるい声が、脳内で反響する。
会いに来た…間違ってはいない。
会って、全部話してもらおうと思った。
吐かせる自信はあったのに、この様だ。
情けない。
私は頬から離れない手をそっと握る。
温かくて大きな手だ。
「…そうですよ。
先生に会いに来ました。
会って、お話ししたいから、家まで来たんですよ。」