偽りの先生、幾千の涙


端から見たら、心ときめく光景かもしれない。


私も伊藤も顔は綺麗な方だし、放たれる言葉は恋に落ちた者同士と思える。


でも、言葉には何の感情も込められていない。


上手に作った上っ面の代物に吐き気を感じながら、互いの反応を見ているのだ。


「伊藤先生、お家で会う時は貴久さんって呼んでもいいですか?」


「いいよ、俺も果穂ちゃんって呼んでいい?」


「勿論。
ちゃんなんて付けなくてもいいぐらいですよ。」


伊藤が立ち上がって、私の正面から隣に移動する。


近すぎる距離に恐怖を感じるけど、今ここで離れたら、お芝居が全て台無しになってしまう。


伊藤が私の髪を右手で撫でる。


まったりとした仕草は魅力的で、今まで何人の女性が騙されたのかと考えてしまう。


私はその様子を冷めた目で見ていた。


「どうする?
相談の続きする?
それとももっと楽しい事する?」


「それじゃあ…相談の続きで。」


やっと本題に戻れる事に胸を撫で下ろしつつ、伊藤の左手に触れた。


「怖い?」


「そりゃあ…怖いですよ。
外していいか分からないですもの。」


< 175 / 294 >

この作品をシェア

pagetop