偽りの先生、幾千の涙
でもそこまではまだ言わない。
伊藤が父親を恨む理由次第では教えてあげてもいいけど、今はまだ早い。
「大事なもの?」
「ええ、大事なものです。」
私は伊藤にもたれかかる。
元の体温が高いのか、伊藤の体は妙に温かい。
「貴久さんは誰かに大事なものを奪われた事はありますか?」
「…あるよ。」
淡白な答えが返ってきた。
私の父親は関係しているのかしら?
「何を奪われたのですか?」
「…母親。」
「お母様ですか?
でも奪われたって…」
「事故で死んだんだ。
…果穂のお母さんと同じ日だよ。」
その言葉を聞いて、私は伊藤から離れた。
自然と大きくなる目に、伊藤が近付いてくる。
「取引しようか。」