偽りの先生、幾千の涙
いやいや、どうしてそこで私に話を振るかな。
「違いますよ、先生。
今日、ピアノ担当の方がインフルエンザにかかってしまってお休みだったんです。
それでピアノの上手な榎本先輩にお願いしたんですよ。」
さっきまで後ろにいたこの子、確か次の部長さんだったかな。
榎本先輩って初めて言われた気がするが、先生の前ではちゃんとする子で安心した。
だがそれも束の間。
「へえ、榎本さん、本当に上手いんだね。
今度一緒にチェロ・ソナタとかやらない?」
何故そうなるのか全く理解できない。
それならこの子達の伴奏してあげようよ、その方が皆喜ぶ。
「そうですね、もし機会があれば。
でも私も3年生なので、新しい曲に挑戦するのは暫く難しいかもしれません。
…ごめんなさい、そろそろ私は戻ります。」
合唱部の皆に手を振って、伊藤を任せる。
伊藤はあっという間に囲まれたのを確認すると、私はもう一度体育館の中に戻った。
ちょうど管弦楽部の発表が始まる時だったらしい。
体育館は前方だけが明るくて、帰るのに目立つ事はなかった。
「果穂ちゃん、お疲れ様。
今日も完璧だね。」
「完璧だなんて、そんな。
でもありがとう。」
真後ろに座っている花音ちゃんの言葉に、曖昧に返事をする。
演奏は全然疲れなかったのに、伊藤のせいで疲れた。
演奏中、合唱部の子や伊藤が戻ってくる事はなく、彼らは管弦楽部が戻る頃に一緒に戻って来た。