偽りの先生、幾千の涙
可愛く言う必要性はないのだけど、何となくそうしてみたら、伊藤はえらく困った顔をした。
「…果穂は何を言い出すか分からない子だね。」
そう言いつつも、伊藤は私を家から追い出さなかった。
ただソファの上で、何をするわけでもなく一緒にいた。
伊藤はイヤホンを耳につけて、何かを聞いているようだ。
父親の盗聴でもしているのだろう。
でも先程の緊張感も何処にもなくて、勿論、余計な駆け引きもない。
つまらない時間だった。
だが、ある意味心地よい時間だった。
嫌いな父親はいない、取り繕わないといけない学校関係者もいない。
伊藤にも作った笑顔は向けているけど、今この瞬間は何もしなくていいんだ。
どんな表情をしても、何を考えていても、ここでは許されるのだ。
「…何か食べる?」
「何かって?」
「晩ご飯、食べてきた?」
「食べてきましたよ。」
「お腹空いてない?」
「空いてませんよ。」
「じゃあいいや。」