偽りの先生、幾千の涙
そういえば、音楽の先生って伊藤のファンだったわね。
職権乱用にも程があるとは思うけど…
「弾いてあげたら、皆さんきっと喜びますよ。
…そういえば貴久さん、こちらのお家には楽器は置いてないのですか?」
私が来るとき、こな家は驚く程シンプルだ。
リビングにはソファとテーブルだけて、ダイニングには小さな食器棚があるだけで、他のものは何もない。
ほぼ毎日ここに来ているけど、リビング以外の部屋には通されない。
見られたくないものとか置いてあるのだろうけど…何があるのだろう。
タブレット端末もきっとそこにあるんだろうな。
「果穂、そろそろ帰ったら?
もうすぐ君のお父様が帰って来る頃だよ。」
「…」
「帰りたくない?」
「帰りたくないですよ。」
「そっか…でも帰ってもらわないと困るんだよね。
さっき言ったとおりの事、上手い事聞いてね。」
伊藤の声音が変わる。
さっきまでは学校にいる時と同じような感じだったのに、最後はとても冷たい声だった。
今のが仕事モードって感じ。
「分かりました。」