偽りの先生、幾千の涙


「お気遣いありがとうございます。
その前に、お時間ありましたら、少しよろしいですか?」


「明日の事か?
明日も晩飯はいらない。
取引先の社長と会食があるからな。
…まだ他にあるのか?」


「ええ、あと1つお伺いしたい事がありまして。」


お願いする立場だから、出来るだけ腰を低くしてお願いする。


「何だ?
手短に頼む。」


「ありがとうございます。
その…このスープの事なんですけれど…」


「スープ?
何か不味いものでも入っているのか?」


「いえ、そうではありません。
お父様のお嫌いなものも入れていません。
ただ、このままでいいのかな、と。」


「このままというのは?」


「はい。
お父様が何も仰らないので、大丈夫だとは思うのですれど、お父様、何か飲んでいらっしゃる栄養ドリンクやお薬はございませんか?
私も詳しくはないのですが、お薬によっては一緒に食べない方がいい食材もあると伺った事がありまして、もしそういうのがあれば、避けないといけないので。」


父親の健康状態を調べろというのが、伊藤からの指令だった。


何に使うのか知らないけど、こういう聞き方で大丈夫なはず。


「胃薬やらサプリメントなら飲んでいるが…お前が心配してくれるような事は特にない。」


「そうですか…でも、差し支えなければ、どのようなものを飲んでいるのか教えていただけませんか?
今日のように夜食を用意する事もありますし、家族の健康のことですもの、できるだけ把握しておかないと、いざという時に困るかもしれません。」


心配なんて全然してないけど、こう言っておけば教えてくれるはず。


父親はすっかり私の言葉に騙されて、携帯している薬やらサプリメントを私に見せてくれた。


写真をとっていいかと聞けば、部屋の外で撮影しろと言われたから、廊下で写真を撮り、すぐに父親に帰した。


これで今日は父親と会話をしなくていいと、ほっとした時だった。


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