偽りの先生、幾千の涙
悔しそうな顔をしている音楽教師は無視して、榎本果穂に集中する。
「任せるよ。
適当に弾き始めてくれたら合わせるから。」
「分かりましたわ。」
榎本果穂は程なくして鍵盤に触れる。
エルガーの『愛の挨拶』か…いいんじゃない、俺も好きだし。
俺が合わせて弾き始めると、榎本果穂は俺に寄り添うように弾いてくる。
この時点で、この子上手いんだなって再認識する。
観客は気に入らないけど、関係ない。
プロでもないのに、こんな息の合った演奏が出来るなんて、最高じゃないか。
そう思い、堪能していたら、雑音が入ってくる。
ドアがガラッと開くと共に、数人の生徒が入ってくる。
「嘘!?
果穂様と伊藤先生?」
「凄くお上手!」
キャーキャー騒ぐ彼女達がドアを閉めていないせいか、少しずつ観客が増えていく。
「伊藤先生の演奏、初めて聞いたわ!」
「果穂様が弾いておられるのも始業式以来だわ。
素敵。」
聞くからもう少し静かにしてほしいと思うが、目の前でピアノを弾いている少女は、オーディエンスに微笑みかける余裕があるようだ。
おかげで彼女達の熱気が凄まじく、本当にコンサートを開いているような気分になってきた。