偽りの先生、幾千の涙
1曲弾き終える頃には、廊下側には女子生徒で溢れかえっている。
楽器の音が鳴り止むと、彼女達は一斉に音楽室に雪崩れ込んできた。
音楽教師は彼女達に紛れてしまって、座っている俺からは何処にいるのか分からない。
キャーキャーと煩く囲まれる。
榎本果穂の元に行く者も多いが、俺のところに来る子も少なくなくて、ここは異様な状況に包まれる。
「伊藤先生、本当にかっこよかったです!」
「今度教えて下さい!」
そんな声に適当に応えていると、向こうで榎本果穂が立ち上がるのが見えた。
「私、そろそろ戻りますね。
伊藤先生、一緒に弾いて下さりありがとうございました。
付いていくのに精一杯な演奏をしてしまって申し訳ありませんでした。
でも楽しかったです。
良ければまたお願いします。
それでは。」
何処が付いていくのに精一杯だ。
余裕で満ち溢れていたではないか。
そんな榎本果穂は音楽教師にも丁寧に挨拶をして、音楽室を出ていく。
榎本果穂の取り巻きも出ていき、音楽室の中を冷房の冷たい風が通るのを感じられた。
「本当に伊藤先生も榎本さんもお上手だわ。
伊藤先生、今度は私とも弾いて下さいませんか?」
生徒の間を潜り抜けてきた音楽教師が、俺の真ん前でそう言う。
これは大して期待できないという予想は押し殺して、俺はこう一定立ち去った。
「機会があれば是非とも。
せっかくですが、今日はまだ仕事が残っているので、失礼します。」