偽りの先生、幾千の涙
そういう事か。
この前、榎本果穂を応接室にいさせてあげたの事の礼になるってわけだ。
「そうだね。
今日はありがとう。
榎本さんも本当にピアノが上手だね。」
「ピアノだけは本当に好きですから。」
その言葉に俺は納得する。
榎本果穂は世界に絶望していると思っていた。
学校や家族に辟易していて、ぐれてもおかしくないのに、これでもかと外面を気にする。
自分というものがないのかと思った事もあったが、そうでない事にすぐに気付いていた。
榎本果穂には何か大事なものがある。
父親への復讐といった目的ではなく、榎本果穂という自己を支えている何かがある事を。
それがピアノだったのだ。
「そうみたいだね。」
「先生もチェロが本当にお好きなようで。」
「ああ。
父が音楽好きでね。
これだけは続ける事が出来たんだ。」
「それは…珍しいものを続けてきたんですね。
バイオリンでしたら分かるのですけど。」
「音が好きなんだ。
あの大きさとかも。」
チェロが好きなのは本当だった。