偽りの先生、幾千の涙
話を聞いた時は驚いた。
祖父の若干嬉しそうな声は今でも覚えている。
「この人は皆川稔彦さんと言ってな、お前を引き取りたいと言ってくれているんだ。」
祖父母も他の親戚で同じで、俺の存在を疎ましく思っていた事は分かっていた。
息子の突然の死を嘆いている暇もなく、孫の世話を強いられていたのだ。
ゆっくりと余生を過ごすつもりだった彼らにとっては邪魔なのは明白だった。
だからこそ、当時の俺はとても驚いた。
誰もが俺と住むのを嫌がっていた。
それなのに、赤の他人が俺を育てたいと言ってきたのだ。
祖父は手放しに喜んでいるが、何かの詐欺ではないかと思った。
でも違った。
彼は純粋に俺と共に暮らしたいと考えていた。
その日、俺は知ったのだ。
彼が妻を失った事、生まれてくる子を楽しみにしていた事、自分だけが生き残ってしまい、何をすべきか考えた事、考えた末、あの事故で親を亡くした子を引き取ろうと考えた事…一言一句覚えているわけではないがこんな感じだ。
最初は何を言われているのかさっぱりだったが、彼のこの言葉を聞いた時に急に現実味を帯びると共に、この人と暮らしたいと思った。
「私はね、君が可哀相だから引き取ろう思っているんじゃないんだ。
君のためではなく、私自身のために君と暮らしたいんだ。
子供を持てなかった哀れなおじさんが、人の温もりを感じたいがために子供と暮らしたいと思っているだけの話だ。
寂しいって感情だけで出来る程、子育ては甘くないと思う。
それでも家族が欲しいんだ。」