偽りの先生、幾千の涙
「…てっきり嘘だと思ってました。
チェロが弾けるのも。」
懐かしい事を思い出していると、榎本果穂の言葉が邪魔をする。
彼女はさも当然のような顔をしている。
「酷い事言うな。」
「そうですか?
本当の事を話さないご自身が悪いと思いますけど。」
「榎本さんに言われたくないな。」
俺はそう言うと、榎本果穂の横を通って階段を降りる。
真ん中あたりで振り返ると、彼女の姿はもうそこにはなかった。
「てっきり嘘だと…か。」
その点について、俺が榎本果穂を責める事も、逆に彼女が俺を非難する事もできない。
俺達はそうやって、ついこの間まで接してきたし、他人に対しては今もそうだ。
そしてそれに関して、罪悪感というものを少しも抱いていない。
さて、こんな事をいつまで続けるのか…父さんはもうすぐ事を起こすと言っていたけど、それが終わるまでだろうか。
あれから父さんは何も教えてくれない。
毎日色々と報告しているんだから、少しぐらい教えてくれてもいいじゃないかと思うが…
そんな事を考えていた日の夜、父さんから電話がかかってきた。
いつもは俺から父さんに連絡するのに、変だとは思った。
何かが大きく動いたか、状況が不味くなったのか、考えられるのはどちらかだった。