偽りの先生、幾千の涙
その夜は不気味な程静かだった。
マンションの前を走る車の音も殆ど聞こえないし、風も全く吹いていなかった。
俺がいつものように、昼間に盗聴していた音声データを聞いていた。
今日は取引先と何かの会議があって、今は移動中か…少し早送りしてもよさうだ。
ちょうどその時にスマホがけたたましい音を立てて、何かが来た事を俺に知らせる。
俺は片方のイヤホンを外して、スマホを耳にあてた。
「もしもし、今いいか?」
「いいけど。
俺、まだ今日の録音は聞き終えてないから、急ぎじゃないなら後で纏めて電話でもいい気がするけど…」
「それでもいいがな…やはり先に言っておく。」
刹那、俺は何を言われているか理解できなかった。
想定外の事を言われたわけではない。
「7月に入ったら、榎本果穂を殺す。
何、お前に殺させはしない。
ただあの子を連れて来るだけでいい。
場所は…って聞いているのか?」
「ああ、ごめん、聞いてる。」
聞いてはいたが、内容は右耳から入って、左耳へと抜けていくようだった。
「でも父さん…榎本果穂を殺すって…情報源じゃなかったのか?」
「最初はそのつもりだった。
悪い事をしていないあの子を殺す事がどういう事かも分かっている。
だが復讐するにはこれが一番だろう。
父親の目の前で、たった一人の娘を殺すんだ。」