偽りの先生、幾千の涙
頭の中で、彼女の弾くピアノの音色が聞こえてくる。
綺麗な音色だった。
俺の演奏にも合わせてくれて…あの音楽教師と弾いたところで、絶対にあんなに上手くいかない。
…あの音も、彼女が死んでしまうともう聞けなくなるのか。
いや、たとえ榎本果穂が死なずとも、今回の事が終わればもう二度と聞けなくなるのだ。
弾いている時だけに見せる穏やかな表情も、弾き終わった時の満足気な顔も…
…ああ、そうか。
俺は人を殺す事が後ろめたいんじゃない。
そりゃ後味は悪し、道徳に反しているのは分かっている。
でもそれ以上に…榎本果穂という女の子を殺したくないんだ。
生きてほしんだ、あの子に。
…でも気付くのが遅かった。
もっと早くに気付いていれば…もっと違う方向性に持って行けたはずだ。
悔しさや虚しさが、俺の中に一気に流れ込んでくる。
とっくに失くしたはずの思いまでもが、沸々と腹の底からわいてくる。
父さん、海斗、ごめん、俺…あの子を殺す事なんて出来ない。