偽りの先生、幾千の涙


誰もいない廊下の曲がり角から、2人分の女の子の影が伸びている。


1つの影を辿ると、少し恥ずかしそうに顔を背けていて、もう1つの影の先には驚きのあまり限界まで開いた目と閉じない口がある。


声をあげてはいけない事に気付いた花音ちゃんは、両手で口を押さえて私を見ている。


「ごめんね、ビックリさせて。
誰にも言わないでね。
約束だよ。」


花音ちゃんは2回頷くと、辺りをまたキョロキョロと見渡して、小さな声で話しかける。


「その…本当に好きなの?」


「かもしれないって話。
分からないわ、世の中には憧れって言葉があるじゃない。
憧れかもしれないし、恋かもしれないし、どちらとも違うのかもしれない。
ただ…前みたいに怖いなんて思わないの。
寧ろ、伊藤先生についてもっと知りたいって思ってしまうの。」


話していて、一緒に演奏した時の伊藤をふと思い出す。


初めて伊藤のイキイキとした顔を見た。


音楽室の生け贄になっていたっていうのに、おかしな話だ。


でも…認めたくないけど素敵だった。


あの瞬間だけ人間らしくて、一緒に弾いていて楽しいって思えた。


人と一緒に演奏していて、そう思えたのは初めてだった。


助けてあけだのは私で、貸し借りの関係で手伝ってあげたのに…もう少し一緒にいたいっていうか…今思えばとても変なんだけど…とにかく説明しきれない気持ちになった。


それに…伊藤の家って何となく心地好い。


一人の方が楽なんだけど、毒を吐けるからかな…分からないけど。


「果穂ちゃん?」


「うん?」


「今、伊藤先生のことを考えてた?」


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