偽りの先生、幾千の涙
ポツポツと間隔を空けて並ぶ車の中に、花音ちゃんの家の車があった。
私達はそこでお別れし、花音ちゃんの家の車が遠ざかるのを確認するとバス停まで向かった。
タイミングが良かったのか、バスがちょうど来ていたから走ってバスに乗り込む。
私が最後だったようで、私が乗ると同時にドアが閉まる。
良かったと安堵したのも束の間、前方から視線を感じて顔を上げてみる。
「あ…」
思わず漏れた声は彼に届いたかもしれない。
バスの入口の真ん前に1人用の席…目と鼻の先に伊藤が座っている。
「こんばんは、伊藤先生。
お勤め、お疲れ様です。」
「榎本さんこそ。
明日からの試験に備えて勉強?」
出てきた常套句に後悔する。
パッと見渡す限り、このバスに水仙女子の関係者は他には乗っていない。
このまま伊藤を無視しても全然不自然でない状況なのに、自ら話しかけてしまった。
しかもその返事が疑問形で終わっている。
他に空いている席もないし…これ、伊藤と喋らないといけないパターンかな。
まずいな…降りる駅で誰かに見つかると、明日が面倒だ。
でもこのまま離れるのも失礼かな…よし、降りる時に急いでいるフリをすればいいか。