偽りの先生、幾千の涙
その日は逆に早く帰れた。
採点?そんなのすぐに終わった。
全問マークにしたからな。
他にやる事は昨日までに全部やったし、手伝えよって雰囲気を出している他の教員を無視して、俺は16時半に学校を出た。
名残惜しさはこれっぽっちもなかった。
周りに群がる女子生徒も、色目を使ってくる女の教員も全員鬱陶しくて…そうだ、あの子の気を引くようには努力したんだけど、全然靡かなくて苦労したな。
「先生、さようなら。」
「伊藤先生、テスト終わったら、またチェロ弾いて下さいね!」
「弾いてあげるから、テスト頑張るんだぞ!」
「はい!
さようなら!」
そうだ、あのチェロは勿体ないな。
俺がいなかなったら、誰かが弾いてくれるだろうか?
弾かないだろうな…それに…もう二度と、あんな綺麗なピアノの音も聞けないんだろうな。
本当に上手かったな…あの子のピアノ。
音楽室では嫌な思いをしたが、あの日の事は俺の心に鮮明に残っていた。
校門の前で生徒達に挨拶をして、俺はバス停に向かおうとした。
誰に呼び止められても、信号を渡ろうと思ったが、人生はそう上手くいかない。