偽りの先生、幾千の涙
「伊藤先生!」
聞き覚えのある声に振り返る。
せっかくの青信号だったのにと思ったが、向かずにはいられなかったのだ。
「国木田さん、テストお疲れ様。
僕のテスト、難しかった?」
「えっと…少し…でも、あたしの勉強不足なんで、次頑張ります!」
「いや、難しく作ったんだ。
本番の入試を簡単に感じてもらうために。
でも、次のテストも同じぐらいの難しさにする予定だから、頑張ってね。」
「はい!
では、さようなら。」
俺に頭を下げて、国木田花音は走って行ってしまった。
今日は随分と遠くに車が停まっているようで、緩やかな坂道を小走りで上っていく。
結局、国木田花音の親によって俺が追い出される事はなかったのだが…何でだろうな?
俺の素性なんてすぐに調べられそうなのに…
でもまあ、今夜捕まえにくるかもしれないし、油断したら負けだな。
国木田の車が俺の目の前をさっと通り過ぎる。
それから再び青に変わった信号に向かって、俺は歩き始める。
結局、どんな因果かは分からないが、俺が最後に話した生徒は国木田花音となった。