偽りの先生、幾千の涙


その夜、何度電話をかけても、兄さんは電話に出なかった。


スマホでこのあたりの交通事故状況をずっと調べていたけど、兄さんの乗っていそうな車はなかった。


兄さんは何処で何をしているのだろうか。


榎本果穂は何処で何をしているのだろうか。


俺単独じゃあのマンションに入れないから、インターホンを押しにいくわけにはいかない。


今日は少なくとも無理だ。


明日…試してみるか。


俺はその夜、諦めて寝ようとした。


ベッドに寝転んで、暑いから何も掛けずに目を閉じる。


でも全く寝つけない。


スマホでも触ろうかと思ったら、電源も切れている。


また諦めて目を瞑った。


その夜はいつもに増して、静かで音一つしない。


狭い部屋は電気を消すと本当に真っ暗で、俺は幼い頃の事を思い出した。


まだ父さんに拾われる前の嫌な記憶だ。


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