偽りの先生、幾千の涙
言われてやっと父さんは気付いたようで、玄関に戻った。
俺は靴を脱ぐと、父さんに手を繋がれ、再びリビングに言った。
フローリングの床が冷たかったが、あまり気にならなかった。
兄さんは宿題を放置して、こっちを見た。
緊張していたのか、表情は硬い。
俺も兄さんを見た。
俺の事を虐めていた奴等よりも少し年上ぐらいだったから、何となく兄さんのことも信用出来なかった。
多分、自然と睨んでいたと思う。
「お前、名前は?」
「…」
俺は答えずに、兄さんを睨み続けた。
「優、まずは自分から名乗るものだよ。」
父さんが言うと、兄さんは素直に頷いた。
「俺、皆川優。
俺もこの前、父さんに拾われた。
よろしく。」
兄さんは俺の目の前に手を差し出した。
俺はその手を握らず、自ら名乗る事なく、くるっと回って逃げ出そうとした。
よく分からない大人、年上の子供、また嫌な日々が始まる。
逃げなきゃと思った。