偽りの先生、幾千の涙
「海斗も一人なのか?」
兄さんが聞いてきた。
今度は答えないのではなく、答えられなかった。
間違いなく一人なのだが、この状況が一人だと認識出来なかった。
「父さんも俺も一人だったんだ。
一人だったから、一緒にいる事を選んだんだ。」
そう話す兄さんは穏やかな顔をしていた。
「だから海斗も、もう一人じゃないからな。」
兄さんはそれだけ言うと、父さんが入れた洗濯物を一緒にたたみ始めた。
俺も兄さんに続いて、洗濯物に手を伸ばした。
そうやって始まった新しい生活は、馴染むまでに時間がかかった。
兄さんと父さんとの接し方、距離、話す事…全然分からなかった。
何言われてもツンツンしてたし、俺から話しかける事なかったし、兄さんなんかは生意気でよく分からないガキと思っていたに違いない。
でも、兄さんも父さんも俺を見捨てなかった。
毎日一緒に飯を食った。
最初の頃は父さんが作ってたけど、途中から兄さんが作り出した。
兄さんの上手かったっつうか、兄さんの飯を食べて、父さんって料理上手くなかったって分かった。
父さんも俺も、上手い上手いって毎日兄さんの料理を食べ続けた。