偽りの先生、幾千の涙


考えれば考える程、謎が深まるばかりだ。


逆に分からない事が増えていくだけで、混乱してくる。


「優さん、私が今ここで車から下りたら、優さんは逃げられますか?」


彼女の言葉は唐突だった。


俺は10秒程黙ってしまった。


「何言ってるの?」


「そのままの意味です。
何が起きているか分かりませんが、このまま私といると死にますよ?
私が逃げるなんて話じゃないんです。
だから…」


何かに憑かれたように、榎本果穂は話し出した。


片方だけでも生き残ろう、そんな事を延々と説明してくる。


でも意味がない。


「止めよう。
意味のない事を話し続けても、疲れるだけだ。」


「意味がないって…」


「だってそうだろ?
第一、さっき話したのは俺の推測だ。
本当は両方の命が狙われているのかもしれない。
俺だけが狙われている可能性もある。
何も分からないのに、別行動なんて危険だ。
それこそ両方死ぬ。
君の言う『生きる』って選択肢には向かない。」


「じゃあどうしろって…」


その言葉から出てきたのはとてもシンプルな答えだった。


「逃げ切るぞ。
何をしてでも。」


元からこうするつもりだった。


逃げて逃げて逃げ切って、よく分からない奴らの思惑なんて潰してやろうと。


そのためにも、生きなきゃいけない。


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