偽りの先生、幾千の涙


あの時の俺は、何も考えずに走っていた。


そして腕を掴めた時、生きた心地がした。


死のうとしたのは俺じゃないのに、おかしな話だ。


我に返ったのはエレベーターの中だった。


よく見なくても、そこにいたのは榎本果穂だった。


死んでも構わない少女


いや


最終的には殺すかもしれない女の子


気付いたのに俺は、あの子の命なんて救った挙げ句、家にまで上げてしまった。


弟にも触らせたくない段ボールがそこら中にある家にだ。


俺の頭が回り始めたのはその頃だった。


この家に長居させるのはまずいが、聞きたい事は山程ある。


なら交番にも連れていけばいい、その間に聞けるだけ聞き出せたら、最高じゃないか。


俺はそう思って声を掛けたが、榎本果穂は逃げた。


何に危険を感じたのかは分からないけど、上手い事逃げたのだ。


追いかけなかったのは、それはそれで不審者に思われるから。


これから近付かないといけないのに、不審者には思われたくない。


だから最後に、優しい言葉だけを与えて逃がした。



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