偽りの先生、幾千の涙
男の人は引っ越して間もないのだろう。
家具らしいものはなく、段ボールが幾つも積んである。
まだ家の鍵は閉まってないから逃げれるけど、穏便に済ませるにはそれなりに振る舞わないといけない。
「ねえお兄さん、誘拐犯ですか?
制服見て、親が金持ってそうとか思った?
うちの親、どうせお金払わないよ?」
「誘拐されたとか言うわりにはよく喋るな。」
やっとお兄さんは喋ってくれたが、肝心なところに関しては何一つ言わない。
このお兄さんが絶対に危ない人だとは思っていない。
誘拐犯にしたら顔が良すぎる、これなら誘拐しなくても来てくれる子は沢山いるはずだ。
ただやっている行動が危うい人だから警戒しているし、真意が知りたいから馬鹿っぽい演技を続ける。
「だって無言とか怖くないですか?
喋ってる方がマシなんですよ、お兄さんも何か喋って下さいよ。」
するとお兄さんは、呆れたように溜め息を吐く。
「…どうする?
警察行く?
死にかけてましたって警察に任せた方が俺は楽だし、誘拐犯扱いされないから嬉しいんだけど。
その前に、君はこのマンションの子?」
「…」
警鐘が脳内で響いている。
このお兄さん、やっぱり危ない人だ。