偽りの先生、幾千の涙


榎本果穂の母親は14年前に爆発事故に捲き込まれて死んだ。


事故なのか事件なのか、何が原因かも明らかにされなかった不審な出来事だ。


当時の榎本果穂は3歳で、4歳ぐらいまでの事を話したがらないのはこの事故のせいだろう。


大した事のある情報かは分からないが、父さんに報告出来る情報だ。


そんなこんな話していると、予定時間を5分過ぎている事に気付く。


国木田花音が5分早くに入室した事を考えると、10分以上オーバーしてしまった。


「ごめん、ちょっと時間過ぎちゃったね。
とりあえず、今日の面談はここで終わろうか。
もしまた相談したい事とか、話したい事があればいつでも言いに来て。」


「はい!
伊藤先生、これからも宜しくお願いします!」


ふわっとした愛らしい笑顔を残して、国木田花音は部屋を出ていった。


部屋のドアが閉まる音を聞いてから、俺はスーツのジャケットを脱いでソファの上に掛ける。


それからタブレット端末をソファの後ろに隠して、榎本果穂の入室を待つ。


榎本果穂は程なくしてドアを叩いた。


綺麗に姿勢を伸ばし、ドアの前でお辞儀をする。


律儀な子だ。


「そんな堅くならなくていいよ。
他の人来ないし。
他の人来ないで思い出したんだけど、ジャケット着てなくていい?
本当は先生だから着てないといけないけど、暑くて。」


「…勿論。
今の間はそのままでいて下さい。」


榎本果穂もふわっと微笑んで対面のソファに腰掛ける。


でもその笑顔は、国木田花音のものとは全く別物だった。



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