偽りの先生、幾千の涙


学生生活を見ている限り、自殺する程の何かを抱えているとは思えない。


アルバイトの報告はないし、他校に親しい人物がいるとも思えない。


じゃあ残る選択肢は何か。


家族だ。


「…それは、どうしても答えなくてはいけませんか?」


「答えたくなかったらいいよ。
ただ、生徒が悩んでいるなら力になりたいんだ。
榎本さんの悩みを一緒に解決したい。」


答えないのは目に見えている。


大事なのはどんな返答で断ってくるかだ。。


「俺は榎本さんに死んでほしくない。
これからも辛い事はあるだろうけど、榎本さんには生きて幸せになってほしい。
それに榎本さんは一人暮らしだから、家族に相談するとかも難しいのかと思って。
それなら俺が話だけでも聞こうかと。」


俺はそこまで言って、じっくりと榎本果穂を眺める。


慎重に考えているのがよく分かる。


こんなにも表情に出すのは珍しい。


「伊藤先生、そんな風に考えて下さって、ありがとうございます。
ご心配おかけして申し訳ないと思ってます。
でも…ごめんなさい。
今はまだ誰にも話したくないんです。」


「お友達にも話せない?」


「はい…本当に誰にも。
友人にも話していないんです。
お話し出来る時が来たら、もしかしたら伊藤先生に聞いてもらう事になるかもしれません。
その時はよろしくお願いします。」


やはり家族については一言も出てこなかった。


問題は家族にあると考えて間違いなさそうだ。


「そっか。
答えづらい事聞いてごめんね。
でも…しつこいようだけど、俺ならいつでも聞くから。
その事でも、それ以外でも、何か話したくなったら俺のところ来て。」



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