偽りの先生、幾千の涙
他の先生にそうするように、丁寧に挨拶する。
どんな時でも優等生でいないと、ボロが出たら大変だもん。
それから私は部屋を一瞬で見渡す。
何もないシンプルな部屋に、男前が1人座っている。
目の前のテーブルには分厚いファイルが1つあるだけ…タブレットは?
「そんな堅くならなくていいよ。
他の人来ないし。
他の人来ないで思い出したんだけど、ジャケット着てなくていい?
本当は先生だから着てないといけないけど、暑くて。」
「…勿論。
今の間はそのままでいて下さい。」
私はふわっと微笑んでソファに腰掛ける。
着用を義務付けられたジャケットは無造作に脱ぎ捨てられている。
私は好きじゃないけど、人によってはこういう雰囲気が好きかもしれない。
「休みの前にごめんね。
早くやっておいた方がいいと思って。」
何、この態とらしい会話、早く面談してほしいんだけど。
「早い方がいいと私も思いますよ。
伊藤先生こそ、お休みの前ですが熱心ですね。」
でも急かすのは不正解だと思うから、伊藤のペースに乗ってあげる。
「熱心なんかじゃないよ。
何事も早くやりたいだけ。」
奇遇ね、私も何事も早く済ませたいの。
そんな本音は微塵も出さずに、ニコニコと次の言葉を待つ。