偽りの先生、幾千の涙
そろそろ本題に入ろう、そう思った時だった。
「榎本さん、答えたくなかったら答えなくていいから。
でも嘘は吐かないでほしい。」
空気が止まった。
伊藤の表情が変わった。
ずっと薄っぺらい笑みを浮かべているけど、その奥には餌を狙う獰猛な獣が潜んでいる。
背中が震えるのを感じながら、私は必死に頭を動かす。
この人、本当に何者なの?
「何でしょうか?」
「榎本さん、どうして死のうとしたの?」
リズム良く返ってくる返事に私は戸惑う。
このままでは、また伊藤のペースにのまれてしまう。
「…それは、どうしても答えなくてはいけませんか?」
普段は使っていない脳の部分まで使いきる感じで、私は伊藤の様子を伺う。
そして耳を澄ませる。
伊藤の言葉の何処かにヒントが隠れているはずだ。
それを探り当てないと、私の負けだ。
「答えたくなかったらいいよ。
ただ、生徒が悩んでいるなら力になりたいんだ。
榎本さんの悩みを一緒に解決したい。
俺は榎本さんに死んでほしくない。
これからも辛い事はあるだろうけど、榎本さんには生きて幸せになってほしい。
それに榎本さんは一人暮らしだから、家族に相談するとかも難しいのかと思って。
それなら俺が話だけでも聞こうかと。」
言っている事はご立派だけど、裏がある。