偽りの先生、幾千の涙
「俺のこと?」
伊藤が驚いたようにこっちを見てくる。
私が先生について知ろうとしないとでも思っていたようだ。
きっと他の子と違って色目を使ったりしない真面目な子だから。
「はい。
先生が私達のことを知らないように、私達も先生のことを知らないんです。
自己紹介はしてくれましたけど、もう少し知りたいです。
1年間お世話になる方ですから。」
もし困る事があったら、1年間もこの学校にいれないだろうし、その可能性は大いにありえるけれど。
もし私が…例えば今、伊藤にセクハラされたって誰かに話したとしよう。
ゴシップ好きの皆のことだから、すぐに情報を流してくれるわ。
伊藤はこの学校に来て、絶大な人気を誇っているのは知っている。
女性教員を味方につけているのもだいたい想像できる。
いくら伊藤の演技力が高くても、この学校でもキャリアが浅すぎる。
私がこの状態をどれだけ維持しているか、言わなくても分かる事だし、そう考えたら皆がどっちを信じるかは簡単な話だ。
もしもの時は何としてでも追い出してやるだけよ。
「いいよ。
何か気になる事でもある?」
そうね…まずは最初に引っかかっている事から聞こうかしら。
「はい。
伊藤先生はどうして水仙女子の先生になろうと思ったんですか?
伊藤先生なら、もっとお給料を出してくれる高校や、偏差値の高い学校でも雇ってもらえると思いますよ。
他の高校のことは私にはよく分かりませんが、伊藤先生にとって…その…言い方が適切かは分かりませんが、水仙女子学院は少し面倒ではありませんか?」