偽りの先生、幾千の涙
「おはよう。
そろそろ会場へ向かう時間か?」
「ええ。
ちょうど準備も終えて、そろそろ出ようと考えていましたの。」
「そうか…悪いな。
お前にだけ行かせて。
今年も果穂だけが行く事を会長に伝えているから、特に何か言う必要はないよ。」
「お気遣い恐れ入ります。
お父様の分まで、お母様のご冥福をお祈りしますわ。」
「頼むよ。
私も時間になったらこっちで黙祷しようと思うけれど、よろしく頼む。」
「お母様もお喜びになりますわ。
…ではお父様、電車の時間もあるので、そろそろ家を出ますね。」
「ああ。
気を付けていくのだよ。
それじゃあまた。」
私は電話を切ると、乱雑に鞄の中に放り込む。
電話が掛かってくる事は予想していたし、覚悟もしていた。
でも父親と話すとどうにも苛々して止まない。
今日はお母様のことだけを考えたいのに、上手くいかないものだ。
私は自分の頬を軽く叩いて、無理矢理気分を変える。
今日はもう電話が掛かってくる事もないのだから、今の電話は忘れて、早く会場へ向かうべきだ。
私にとって唯一のお母様の命日なんだもん。
お母様のことだけを考えよう。
私は部屋の電気を消すと、家を出た。