偽りの先生、幾千の涙


会長はその病院の院長の奥さんだった。


結婚して何十年と共に過ごしてきた夫を亡くす痛みは想像を絶する。


他の人も、親兄弟や子供、配偶者、大切な人を亡くした人ばかりだ。


そして今日が母親達の命日だ。


私達は毎年この日に集まり、それぞれの大切な人にお線香をあげ、あの痛ましい事故を忘れないようにしている。


事故なのか、事件なのか、それさえもまだ分からないけれど。


「果穂ちゃん、他の人にも挨拶してくるから、またあとでね。」


会長は柔らかく微笑んで、違う人に声をかけていく。


会長もそうだが、他の参加者も昔と比べて随分と変わった。


この会が発足して間もない頃は、会場に着いた途端に泣き出す人や、事故の真相を調べようと決意する人が多かった。


でも今は穏やかだ。


少し涙を流したり、遺品を握り締めたり…言わばその程度だ。


私もそうだ、というよりはそうならざるをえなかった。


最初の頃は式典中うぇんうぇん泣いて、小学校の高学年まで続いた。


だが周りからそういう人が殆どいなくなってきた頃、父親に言われたのだ。


格好悪いからもう泣くな、泣くならもう連れていかない。


私は次から涙一つ溢さなくなった。


毎年、ちゃんとこの場所で母親の冥福を祈りたいから。



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