偽りの先生、幾千の涙
そうよ、皆川さんの奥さんは幸せ。
こんな辛そうな顔をして来てくれる旦那さん、もういないわ。
私の父親なんか…考えたたけで軽蔑する。
「お嬢さんにそう言ってもらえると、少し心が軽くなったよ。
ありがとう。」
「いいえ。
思った事を言ったまでです。」
「それが嬉しいよ。
失礼ですが、お嬢さんはご家族を亡くされたのですか?」
「ええ。
母を亡くしました。
生まれてくるはずだった弟も。」
話していると思い出してくる。
慌てた様子で電話に出るお手伝いのお姉さん、父親に連絡を入れる執事のおじさん、テレビに映る恐ろしい赤に、アナウンサーの緊迫した声…何が起きているのかは分からなかったけれど、皆が焦っているのは分かった。
その不安や焦りは幼かった私にも伝播して、広い部屋の隅で大泣きしていると、ぬいぐるみとピアノのある部屋に誰かが私を連れていったのを覚えている。
てんやわんやしている所に、子供が泣いていては邪魔だっただろう。
連れてきた人はすぐに何処かへ行ってしまい、私は部屋で独りぼっちになった。
口角の上がったぬいぐるみが私を慰める事はなく、私はそこでもビービー泣いていた。
そして長い長い時間を経った。
途中で寝てしまった私を、いつも世話をしてくれるお姉さんが起こしにきて、こう言ったのを覚えている。
「果穂お嬢様、お父様がお待ちです。
用意して一緒に参りましょう。」
風呂に入れられたり、髪を結ってもらったりした後に、白い襟の黒いワンピースを着て部屋を出る。
すると、家中の人が喪服を着て立っていた。