偽りの先生、幾千の涙


悔しい。


父さんは榎本悟郎が誰かと話しているのを聞いたんだ。





父さんはあの病院を建てた会社に勤めていた。


まだ若かった父さんは現場で仕事をしていて、事故の後、色んな人に何度も話をさせられていた。


警察、病院関係者、マスコミ…どれもが榎本悟郎を見逃したクズだ。


ある日、何処かの弁護士事務所に行った時の事だ。


父さんは本来行くべき階とは違う階でエレベーターを下りた。


その事に気付かなかった父さんは、廊下を奥へ奥へ歩いていった。


そうしたら、突き当たりの部屋から怒声が聞こえてきたという。


「罪を償えだと!?
何をふざけた事を言っている!
俺がやったという証拠をお前は提示出来るのか?」


父さんはその話が気になってしまい、ドアに耳を当てて話を聞き続けた。


「お前の主張は分かる。
でもあれだけの大きな爆発、いくら証拠を全て消したっていずれは世間にバレるぞ。
それなら謝罪会見を開いた方が刑は軽くなるんだ。
全てを話す必要はないんだ。
マスコミや警察の追求が及ばないようなシナリオはこちらで考るから…」


「そんな事をしたら会社が潰れるに決まっている!
何のために顧問弁護士の国木田ではなく、旧友のお前に相談したと思っている。
その証拠になるかもしれないものは、法律の専門家ではない俺には分からない。
だが顧問弁護士も信用しきれない。
あいつの夫は警察庁の人間だ。
いつ話が漏れるか分からない。
だから、しがらみの無いお前に聞いたんだ。」


「俺を信用してくれたのは嬉しいよ。
でもな、流石にこれは不味いだろ。
患者の命に係わる不具合が起きる欠陥品を誤って納品したんだろう?
その事に院長が気付いたから、欠陥品も院長も葬る爆発させるなんて…あんまりだろ。」


父さんの体中から汗が噴き出したという。


興味本位で聞いてしまったが、とんでもない話だ。



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