偽りの先生、幾千の涙


鮨詰めの電車から解放されると、私は伊藤の姿を探す。


「もしかして俺の事探してる?」


いつの間にか目の前に立っていた伊藤に驚き、思わず1歩後ろに退く。


こんな近くにいるのに、どうしてすぐに見付けられなかったんだろう?


「はい…あの、さっきは助けていただいき、ありがとうございました。」


「生徒が酷い目にあってたんだ。
当然の事をしたまでだよ。
それよりも大丈夫?
怖かったな。」


そう言って1歩近付く伊藤は、心配そうにこちらの目を覗きこむ。


その伊藤の目は綺麗だった。


伊藤の素に触れた気がした。


「…大丈夫ですよ、全然。
不快でしたけど、先生がすぐに助けて下さったので…」


新たに来る電車を知らせるアナウンスで、私の言葉はかき消される。


アナウンスが終われば、電車が近付く音、次は雪崩れ込んでくる人混み…なかなか話す間もない。


人の波が去った後、ホームは漸く落ち着きを女の子取り戻した。


「とりあえず、帰ろうか。
疲れたでしょ。」


「そうですね、帰りましょうか。」


私は伊藤と並んで歩いた。


いつもは伊藤と2人になってしまうのが恐怖なのに、今日の私は落ち着いていた。



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