あの日、あの桜の下で

 君がほしい…




また春が巡ってきて、三年生になる前の春休み。あの桜並木の花びらの絨毯を二人で散歩していた時のことだった。

並木の中でもひときわ大きな木の陰で、隠れるように抱きしめられた。そして、何度目かのキス。いつもにも増して長く深いキスに、私はいつもと違う彼を感じ取った。

そのキスの後で、彼がその心の内を切り出した。


「君がほしくてたまらない……」


彼の思いつめた目を見て、何のことを言っているのかはすぐに分かった。

私の中に、迷いなんてなかった。怖いとも思わなかった。彼のためなら心も体も、この命さえ捧げられると思った。
そしてそれは、彼のみならず私自身も望んでいたことだった。



初めて訪れる彼の家は、古い日本家屋だった。介護が必要になった彼のお祖母さんの家に、彼は母親とともに同居していた。


「昼間の時間は、祖母ちゃんはデイサービスに行ってるし、母さんも空いてる時間で仕事してるんだ」


「……お母さん、日本でも仕事?」

「うん、国際弁護士なんだ。日本では友達の事務所を手伝ってるって言ってた」

「国際弁護士……って?」

「日本だけじゃなく、アメリカの弁護士の資格も持ってるんだ。まぁ、国際的に活躍できる弁護士って通称らしいけど」


それを聞いて、やっぱり彼は、平凡なサラリーマンを親に持つ私の、想像もつかない環境で育った人なんだと思った。


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