あの日、あの桜の下で
二十年後
尊に別れを告げたあの日から、近づくことさえしなかった桜並木。
あの日と同じように、満開の枝々から花びらがハラハラと零れ落ちている様を見るのは、小晴にとって二十年ぶりのことだった。
今、小晴の手にあるのは、古い絵葉書。
『少し足を伸ばして、ワシントンD.C.に来てみたよ。桜並木、ただ君を思い出す…』
別れを選んだ小晴の決意を推し量ったのか、尊からは電話はおろかメールさえもなかったのだが、大学を卒業する頃、尊からこの葉書を受け取った。たった一通、これだけが尊との唯一の通信だった。
それから、尊の消息は分からなくなった。
この街にいた彼の祖母も亡くなり、彼の祖母の家も空き家になったままだと、小晴も風の噂で聞いた。
そんな状況のまま時は過ぎ……、また数年前から尊の名前をテレビや新聞などで目にするようになった。
尊は夢を叶えた。
彼の父親の会社を大きくして、今や世界中で知らない人のいないほどの、大実業家になっていた。そして、彼の築いたグループは、世界各国で精力的に慈善活動にも取り組んでいた。