あの日、あの桜の下で



それを知って小晴は、あの日この桜の下で決めた別れは間違いではなかったと、心の荷が下りた。
あの時、尊を引き止めていたなら、どんな人生を送っていただろう……。そう思わなくはないけれど、これで良かったと心から思えた。


……だから、今日はこの絵葉書をこの場所に還しに来た。

小晴は手ごろな棒切れを見つけてきて、いつも尊とキスしていた大きな木の陰を掘り始めた。

小さな穴を掘ると絵葉書を手に取り、綺麗な桜並木の写真と尊の直筆をじっと見つめる……。そして、思い切ってそれを穴に入れると、土を被せて埋めてしまった。


本当に、心から尊のことを愛していた。あの時の真剣でひたむきで強い気持ちは、今でもはっきりと思い出せる。
だけど、小晴はこれで、気持ちの整理をすることができた。いちばん大事な場所に、いちばん大切な想い出をしまいこむことができた。


ホッと息をついて、桜を見上げる。春のまばゆい光に目を細め、歩き出した時だった――。


同じように、並木が作る桜の天井を見上げている人がいた……。
あまりの非現実さに、小晴は夢を見ているのではと、自分の目を疑った。


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