あの日、あの桜の下で
いつの間にか小径の上に横たわっていた私は、ドキッとして跳ね起きた。
どうやら、彼が走らせていた自転車に、私は跳ね飛ばされたらしく、そうとう痛かったとは思うけれど、その瞬間の感覚は覚えていない。
「いや。私こそ、ボーっとしてたから……」
「ホントに大丈夫?!怪我とかない?」
「大丈夫。ホントに、ご心配なく」
見ず知らずの、しかも、とてもカッコイイ男の子から話しかけられて、私にとってはそっちの方が、体が受けた衝撃よりも刺激が強かった。
気持ちが動転していて、どんな顔をしてどんな言葉を口はしたらいいのかも分からなかった。
すっかり舞い上がってしまった私は、そのまま名前さえ聞かずに、まるで逃げるように帰ってしまった。
……そんな出来事があった数日後、私は高校の入学式を迎えた。
新しく通う学校、新しい制服。新しい友達。
そして、あの桜並木の下で会った彼……。
あの時聞けなかった彼の名前は、思いの外すぐに知ることができた。
「新入生・誓いの言葉。新入生代表――、芝原尊(シバハラタケル)」
「はい!」
張りのある声とともに、そのとき壇上に上がったのが彼だった。
彼は、そうやって代表になるくらいだから、もちろん成績優秀。それも、私の想像も及ばないほどに。