あの日、あの桜の下で



そこにいたのは、たった今も思いを馳せていた尊だった。時折テレビで見かける芝原尊、その人がそこに立っていた。

尊も小晴の気配に気づいて、桜から視線を移す。そして、思いもよらなかったことに、目を見張っている。


「……尊くん。……どうしてここに?」


思わず声をかけたのは、小晴の方だった。
尊は、二十年の年月を感じさせない可憐な小晴の姿にじっと見入る間、しばらく言葉が出てこなかった。

それから眼差しをしみじみと愛おしむものに変えて、尊は口を開いた。


「去年、母親が病気で死んだんだ。それで、この街にある家を処分しにね」


「……そう。寂しくなったのね……」


少ししんみりして、会話が続かなくなる。
もし会えたら、話したいと思っていたことはたくさんあったはずなのに……。


ここに咲く桜は、二人が出会ったあの頃とまるで変わらないのに……。


二十年前、ここにいた尊は普通の高校生だったけれども、今は世界で活躍するにふさわしい堂々とした風貌を兼ね備えていて、小晴には彼が偉大すぎて眩しかった。


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