甘えたいお年頃。
バッグを抱えて、トイレの床にうずくまってる私。
焦りと緊張でかすかに震えた。
ちょうどその時、コツン、コツンと足音が聞こえ始める。
ああ、帰ったな。
良かった、などと安心して、立ち上がった。
次の瞬間、何かの陰が私を塞いだ。
「……何が、ふざけるな、なの?」
「ひっ……!?」
立ち上がったせいで、それをモロに受けてしまう。
目の前、視界いっぱいに、尚人の顔が広がった。
グレーの瞳がこちらを睨んでいる。
一体何が起こっているんだ、これは。
扉は右に行けばすぐだが、尚人の腕は顔の横に突かれているせいで逃げ場がなかった。
「……あ、えっと、その……」
「……ん?」
逃げたい。
とにかくどこかに消え去りたい。
しかし体も動かなければ口も動かない。
何故私は今、この男に壁ドンで追いつめられているのだ。
震えながらもしっかりとバッグ掴んでいる私をそのまましばらく眺めた後、尚人は無表情のまま私の腕を掴む。
「……俺と、純善がくっつくための誕生日パーティだよ。……くだらないことにね」
「は……」
「……あいつらの無駄なお遊びに、付き合ってくれてありがと」
それだけを言うと、尚人は腕を離した。
「……えっ、じゃあ里菜のことは……?」
「……別に。なんとも思ってない」
ナンテコッタイ。
やはりこの男は表情一つ変えずにさらりと言いのけた。
なんというか、尚人の事がよく分からない。
「じゃあそう言えばいいんじゃないの?」
「……気づいたら手遅れだったんだよ。あっちがガチガチに緊張するからこっちも疲れる……」
「ああ……バカだねえ……」
「うっ……」
つまり、尚人はただ里菜とその取り巻きによる無駄な『お遊び』に付き合うためにここに来たということなのだろう。
随分お疲れ様な話だ。
「……もうあれと関わらない方がいいよ」
「うーん関わりたくはないけど……深月が」
「……ミツキ? 誰?」
「あー……自己紹介してない?」
パーティの前に分からない人同士は必ずと言っていいほど自己紹介しあっていたはずだ。
尚人はあっさりと首を縦に振った。
「そっか……私は渡海深鶴。深月っていうのは双子の姉だよ」
「……なるほど」
「ところであんたは」
「……霜月尚人(しもつきひさと)。……1組」
「へえ……」
互いに自己紹介が終わってしまうと、なんとも言えない空気が漂い始めた。
「まあ、せいぜい頑張りな」
「……俺もう帰るけど」
「そうだったね」
それじゃ、と私を一瞥し、尚人は玄関の方へと歩いていく。
後ろから「待って!」と叫ぶ里菜の声をよそに、さっきまで帰ろうと思っていたはずの私は、結局パーティの方へと戻った。