戸惑う暇もないくらい
「那智…不安にさせてごめん」
「……」

動きを止めて浅い呼吸を繰り返す心地いい重みの汗ばんだ肌を抱き締める。

「私には那智だけだから」
「…ほんと?」

私の右肩に顔を埋めるようにくっついたまま、那智の小さな声が耳元に届く。
その声に愛しさが溢れてさらにきつく那智を抱き締めた。

「うん。那智だけ」
「葉月…好きって言って」

いつもより甘えるような声。
私が滅多に口にしない言葉を欲しがる。

「那智が…好き」

那智が可愛くて、好きで好きで仕方ない。

そんな風には言えないけど、気持ちが伝わるようにこっそり耳元に囁くように呟いた。
すぐに乗っかったままの身体がぎゅっと私を抱き締めた。

「…ごめん」
「え?」
「乱暴にした…」

低い声が後悔を滲ませる。
私は抱き締めた手で彼の柔らかい髪に触れ、そっと撫でた。

「…那智にされるならいいよ」

いつもはこんなこと恥ずかしくてとても言えないけど。
こんな弱った彼を癒せるのは私だけだから。

那智は腕を床について私との身体の間に隙間を作った。
ようやく見えた顔にほっとして口元が緩んでしまう。
その表情を見て那智はぐっと何かを堪えるような顔になった。

「ごめん、俺余裕なくて…葉月のこと、傷つけるつもりじゃなかった」

優しい那智は今まで自分本意に私を抱いたことなんてなかった。
切っ掛けは強引でも行為の最中はいつも私を気遣ってくれる。

ついさっきの那智は強引で優しいものではなかったけど、それほどに求められているという事実の方が私にとっては大きかった。

「傷つけられてなんかない。…強引でも、いい」

さすがに恥ずかしくて赤くなっただろう顔を隠すようにふいと横を向いた。

「葉月…っ」

すぐに那智の顔が近づいてそっと頬に大きな手が添えられたかと思うと触れるだけの優しいキスが降った。
重ねた唇がそっと離れると息のかかる距離で見つめ合う。

「那智を不安にさせたくない。思ってること何でも言って」
「…そんなの、重いってならない?」

そう言って見つめる純粋な瞳は子供のようで、必死なほどの本音に胸が締め付けれる。

「ならないよ…言って」

促すように目の前の綺麗な頬を指で撫でると、まるで懺悔するように目を伏せ、苦しそうな表情で那智は言った。

「…葉月を誰にも盗られたくない。できるならずっと家に一緒にいて葉月を閉じ込めておきたい。葉月が誰かに涙を見せたり触れられたりするのは我慢できない。俺が葉月の一番じゃないと嫌だ」
「那智…」

初めて知る那智の本音に胸を射たれるように心臓が跳ねた。
彼はどこまでも深く、私を愛してくれている。

もう離れられない。
もし異動だったら自分が我慢してでも離れようと思ったけど、そんなことできるはずなかった。

こんなにも愛しい存在を手放すなんて、できない。

彼の気持ちごと包み込みたくて、両手を広げて抱きついた。
耳元で、今まで言ったことのない「おねだり」を囁くと那智は弾かれたように私を見て、ようやくいつもの表情で笑った。

そしてそのまま唇を重ねて優しい口づけをし、いつもより優しい愛撫で私を翻弄していった。

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