戸惑う暇もないくらい
VP展開の効果は思ったよりもあったようで、午前中だけで二人の接客をすることができた。

さっき少なくなっていたVPの棚の上のチラシを補充しようとストック分を持って店頭へ出る。

「広瀬さん」

声をかけられて振り向くとそこに立っていたのは成川さんだった。
ストライプのグレイスーツをオシャレに着こなしている。
いかにもインポートランジェリーを取り扱うセールスらしい。

「お疲れさまです、成川さん」
「お疲れさまです。これ、良いですね、すごく目立ちます」

成川さんはマネキンに視線を遣ると嬉しそうに言った。

「好評です。さっきも、ナイトウェアがセットで売れましたよ」
「ほんとですか。さすが広瀬さん、ありがとうございます」
「いえ、やっぱりこのシリーズのデザインが素敵だからです」
「あ、そうだ…これ、広瀬さんに」
「え?」

成川さんは持っていた紙袋を私に手渡そうと手を伸ばす。
にっこりと微笑まれて受け取ると、中には08グループのナイトウェアがビニールに包まれた状態で入っていた。

「あの、これ…」
「サンプルもらったんで良かったら」
「でも…この色、フランスだけのカラーですよね?」

そう言って手元に視線を遣ると、日本で発売しているクリームカラーとは違い、淡いバイオレットだった。
ナイトウェアでは二色展開のシリーズで、日本未発売のカラーのはず。

「はい、だから内緒にしていただけると助かります」

人懐こい笑みで口元に指を当てる仕草は年上だと思えない。
思わずどきっとしてしまう魅惑的な表情だった。

「ほんとに私が貰ってもいいんですか?」
「はい。ぜひ広瀬さんに」
「…ありがとうございます。この色すごくいいなって思ってたんです。嬉しいです」

クリームよりバイオレットの方が好みだったので純粋に嬉しい。そう思うと自然と口元が綻んで成川さんにお礼を言っていた。

「…っいや、そんなに喜んでもらえて良かったです」
「今度何かお礼しますね」
「え、あのほんとサンプルですし、お気遣いなく」
「そういうわけには…って、店頭で話し込んですみません。あの、今日からマネージャーが変わりまして、お時間が大丈夫でしたら畏れ入りますが事務所までよろしいでしょうか」
「はい、ぜひご挨拶させてください」

快諾してくれた成川さんと共に事務所へと異動する。
ドアを開けると藤島さんがパソコンの前に座って何か資料を確認していた。

「マネージャー、今よろしいですか?『ジョワ・フルール』の成川さんが来てくださったんですが」

背中に声をかけると藤島さんは振り返って立ち上がり、成川さんの前まで進み出る。

「初めまして、新しく肌着担当になりました藤島です」
「こちらこそ初めまして、『ジョワ・フルール』の成川と申します」

お互いに名刺を渡すと雑談が始まっていたので、その場をそっと後にした。
店頭に戻ると「ジョワ・フルール」の前に若い女性が立っているのが見え、様子を見ながら近付いた。

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