戸惑う暇もないくらい
「ただいま~」

ガチャンと玄関のドアが締まる音と共に那智の声が廊下から聞こえた。
すぐにリビングの扉が開き、笑顔の那智が顔を出す。

「お帰り、那智」
「エプロンはーちゃんだ!かわいいー」

私のエプロン姿を見つけると那智はリュックも背負ったままでキッチンまで歩き、私をぎゅっと抱き締めた。
抱き締められた心地よさと那智の匂いにほっと息をつく。

「…那智、手洗わないと」
「うん。遅くなってごめんね。なに作ってるの?」
「……カレー。分かってて聞いたでしょ」
「はーちゃんが作ってくれるの久しぶりで嬉しい~」

ぐりぐりと頭を肩口に擦り付けるように甘える那智にいつもなら照れ隠しですぐに離れるところだがなんとなく自分からは離れがたかった。

「はーちゃん…」
「那智、もうすぐできるから荷物とか下ろして」
「顔上げて」
「今料理してるから」
「葉月」
「…っ」

床に逸らした視線を那智に向ける。
那智は優しい顔で私を見つめていた。

「疲れた?そんな顔してる」
「大丈夫…」

那智の大きな手がそっと私の頬を撫でるように触る。
なんとなく恥ずかしくてまた顔を逸らしてしまう。

「俺が癒してあげる」
「え…っん」

そっと顎を持ち上げられたかと思うとちゅっと音を立てて唇に口付けられる。

「はーちゃん大好き」
「那智…」

真っ直ぐな優しい目に見つめられると胸がきゅっと締め付けられた。
何も言っていないのに、那智は私のことを見通しているかのようだ。

こんなに優しくて私を想ってくれているのに、不安になるなんて。
私は那智だけ見ていればいい。
不安に思うことなんて何もない。

那智に見つめられるだけで不思議と胸のもやもやが消えていく気がした。

「ありがと…」
「何が?」
「…なんでもない」
「はーちゃんは可愛いなぁ」
「さ、ご飯にしよ」

もう一度抱き締めようとした那智の手から逃れるように食器棚に手を伸ばす。

「はーちゃん今のタイミングはおかしくない?」
「おかしくない。那智も早く手洗ってきて」
「はーい」

不満そうに良いながらリビングを出ていく那智を見て口元が綻んだ。

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