戸惑う暇もないくらい
今日はちゃんと那智と話そう。

そう思っていたのに。

早足で駅から家に向かう道すがら時計を確認すると22時を過ぎていた。
残業が長引き、店を出たのが21時を回っていたせいだ。

『お疲れさま。明後日からだった泊まり掛けの撮影が明日からになった。朝早いから先に寝てるかも知れない。』

休憩でスマートフォンを確認すると那智からそんな連絡が来ていた。
泊まり掛けの撮影は5日ほど連続だったと聞いている。
今日しか話せる時間がないのに。

焦りながらマンションに到着し、階段を昇って家の鍵を開ける。

「ただいま…」

ドアを開けると正面のリビングに明かりはついてない。
遅かった、とため息を吐き出して靴をそっと脱いだ。

リビングに入る前に寝室の扉を音を立てないように開く。
ベッドの端に那智が寝ているのが見えた。
布団の膨らみが規則正しく動いているのが分かり、起こさないように扉を閉めてリビングに向かう。

ソファに腰掛けるとテーブルの上にラップが掛けられたオムライスが目に入った。
那智が作ってくれたものだ。

「あれ…」

お皿で押さえるようにメモが張ってあるのを見つけた。
那智の手書きだった。

『仕事お疲れさま。温めて食べて』

まだどこか固さの残るシンプルな文章に胸がきゅっと痛くなる。

「那智…」

こんなに近くにいるのに。

那智、話したいよ。
大きい腕で抱き締めてほしい。
優しく笑ってキスしてほしい。

寂しい。

心の中で想うことを伝えられない弱さが那智を傷つけた。

那智への申し訳無さとすれ違ったままの状況が寂しくて涙が滲んだ。



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