戸惑う暇もないくらい
気だるい身体に那智の唇が落とされる。

「ごめん、無理させた…」
「ううん、いいの。那智に抱いてほしかった」
「…葉月、それはずるい。可愛すぎてまた抱きたくなる」

そう言いながら優しいキスをこめかみに繰り返される。
腕で囲われるように寝そべっていると素肌に那智の肌と触れあってそれだけで幸せな心地だった。

「ふふ、那智疲れてるでしょ。お風呂入れるね」
「待って」

身体を起こそうとすると手で制した那智が起き上がった。

「葉月に無理させたから俺がいく」
「いいよ」
「だめ、葉月は待ってて」

優しく頬を撫でられると「わかった」と素直に頷いた。
いつでも変わらない那智の優しさに胸が温かくなった。



お風呂から上がり、リビングの扉を開けるとカレーの匂いが鼻をついた。

「カレー?」
「ああ、うん。レトルトだけど」

匂いを嗅ぐと急に空腹を意識した。
机に並んだ二つのカレーは湯気が立っていて、私が上がってくるタイミングに合わせて作ってくれたのだと嬉しくなる。

「ありがとう。お腹すいた」
「俺も」

那智の隣に座り、「いただきます」と手を合わせてカレーを口にする。

「美味しい…」
「うん、レトルトに思えないくらい上手い」

それはこの間、那智のいない夜に食べたのと同じレトルトカレーだった。
あのときは全然美味しく思えなかったのに。

「那智がいるから美味しいんだ…」
「え…」

ふと呟いた言葉に那智が振り向く。

「…那智がいないときに同じの食べたことあるの。でも、その時は全然おいしく思えなかったの。なんでかなって思ったら…那智が居なかったからだって」
「葉月…」

これからも、こんな風に那智とご飯を食べたい。
何気ない日常を共有したい。

そう伝えようと口を開く前に、いつになく真剣な顔で那智は立ち上がった。

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